No.10『プレゼント交換』
2025
5/15
木々の葉が緑深く鮮やかになってきた今日この頃、皆様はいかがお過ごしですか?そろそろ新学期の生活にも慣れてきたころでしょうか。
わが家ではこの4月に新1年生になった娘がいます。先月入学式に参加してきたのですが、とっても心温まる素敵な式でした。
私にとっては2回目となる入学式。思い返すと、5年前の長男の入学式はコロナが流行したことにより式自体も6月に延期され、参加する保護者も1名のみ、在校生は誰も参加できませんでした。
もちろん国歌斉唱や校歌も歌う事は出来ず、ただ音源を流すだけ...。とてもシンプルな式でしたが、当時はなんとか入学式を行えた事がただ嬉しかった記憶があります。
今回の入学式はコロナ後に初めて6年生も参加するという事で、6年生になったばかりのわが家の長男も入学式に参加することになっていました。
入学式のプログラムを見ると、【6年生からのメッセージ】とありました。てっきり1人の代表がメッセージを伝えてくれるのかな?と考えていたのですが、6年生全員で沢山の小学校生活の楽しいことや行事など、また困った事があれば助けてくれることなどをみんなで大きな声で伝えてくれました。
そして、最後にプレゼントとして校歌を歌ってくれたのです。この力強いメッセージと歌声の素晴らしかったこと!生の声のパワーをヒシヒシと肌で感じられた瞬間でした。1年生の娘も「困った事があれば6年生に聞けばいいよね!」と6年生たちのメッセージをしっかりと受け止めている様子でした。

そして、最近娘がこっそり教えてくれた事があります。
これから学校で1年生を迎える会があるのですが、そこで今度は1年生がお兄さんお姉さんたちへ校歌をプレゼントするために練習していることを話してくれました。
「びっくりさせたいから、絶対にお兄ちゃんには内緒だよ!」と、嬉しそうに教えてくれたのでした。
"歌のプレゼント交換"の話をきいて、とても心が温まる瞬間でした。
そして、あたり前のように歌えるようになった今に改めて喜びを感じずにはいられませんでした。
この日々がずっと続きますように...
Written by I.E
No.9 『春らんまん』
2025
5/1
みなさん、いかがお過ごしでしょうか。
桜前線が北上し、初夏の気持ちのいい季節になってまいりました。
3月4月はお花見がゆっくりできないまま怒涛の日々を過ごしていました。
東京上野では東京・春・音楽祭が開催されました。
桜咲く春の上野を舞台に東京の春の訪れを音楽で祝う、日本最大級のクラシック音楽の祭典であります。今年で21年目を迎えました。
今では東京春祭と言われていますが、始まった当初は東京のオペラの森としてスタートしました。
私は第一回目から合唱団として出演させていただいております。東京のオペラの森は音楽監督が指揮者小澤征爾さんでした。
第一回目のオペラはリヒャルト・シュトラウスの「エレクトラ」。指揮者は小澤征爾、演出はロバート・カーセンという今考えるとビッグネームの二人による東京でのオペラ出演はかなりドキドキしたものです。キャストも一流揃い!当時、アグネス・バルツァと同じ舞台に立てたこと、一生の思い出です。
小澤さんとはサイトウキネン ・フェスティバル(現セイジ・オザワ・松本フェスティバル)で共演といったらおこがましいですが、1998年のプーランク「カルメル会修道女の対話」でご一緒させていただいてから、毎年のように夏は松本で過ごしていました。それから年月が過ぎて、今では夏はセイジ・オザワ・松本フェスティバルに、春は東京・春・音楽祭と一年に二つの音楽祭に出演できる貴重な経験ができていることも嬉しい限りです。

東京春祭の合唱団には東京合唱協会のメンバーも何人か共にオペラやコンサートでご一緒しています。
共に歌えること、学びを得られる場があることに日々感謝しかありません。
世界中から素晴らしい指揮者、合唱指導者をお迎えして貴重な経験をたくさんさせていただきました。
また、世界で活躍している一流の音楽家との共演は何よりも身の引き締まる思いと嬉しさとが共存しています。
合唱団として参加させていただいているこの二つの音楽祭に今でも出演できていること、これらの音楽祭がこれからも続けられていくことを心から願っています。
「継続は力なり」好きな言葉です。
続けていくことに意味がある、そんな思いをこれからも持ち続け、感謝の気持ちを忘れずに、これからの音楽人生に生かしていきたいです。
Written by S.M
No.8『家族が増える=音楽が変わる!?』
2025
4/16
新年度になりました!
皆さまはどんなスタートを切りましたか?
やっと暖かくなってきたかと思えば朝は未だ気温一桁だったりと、連日不思議な天候ですね。
私事で恐縮ですが、今年1月に家族が増えました!そして今はまさに、寝不足と喉のケアの板挟み真っ只中!!
可愛いんだけど大変、大変だけど愛おしいのが育児なんですけどね…今はただただ眠い。

たまたまのタイミングですが、産まれる前後の時期からある合唱団で指導させてもらってる曲が【父の唄】という合唱曲。
曲は信長貴富さん、詞は昨年惜しまれつつこの世を去られた詩人、谷川俊太郎さん。
…なんだろう、おんなじ曲なのに落ち着いて指揮してみると、どこか歌詞の届け方(思い)が違う事にふと気付く。歌ってみると熱を込めたい箇所、拘りたいニュアンスが子どもが産まれる前と後で、ちょっとだけ違う。
「遠く行け、息子よ 地平越えて、遠く行け」と、歌い出すだけでなんか涙が出る...寝不足が祟ってるのかなぁ...(笑)
思い返してみると、10年前に結婚した前と後で、同じく愛を歌う歌曲の込め方が全く変わったなと感じた事も。
漠然とした表現から、より具現化したくなるような欲求が湧いて。
歌と心は繋がっていると指導する子ども達にはいつも伝えていますが、皆さんにもこの新年度、新たな気持ちで歌える曲がもしかしたらあるかもしれませんよ!?
Written by S.I
No.7『歌う』
2025
4/2
歌うことは特別なことではないけど、歌えるということは人生においてとても意味がある大切なことなのだと思える出来事があった。
ものすごくプライベートな話になってしまい恐縮なのだが、私の義理の母は認知症を発症した。元々はとても聡明な人でパソコンで大好きな犬のブログをチェックしたり、整理整頓が得意で家の中はいつもスッキリしていた。それがこのコロナ禍が始まった2020年くらいから少し会わないうちに話が噛み合わなかったり、怒りやすくなっていたり、家の中が薄汚れてきた。
私が義実家に行くと義父は誰もいないタイミングを見計らって「お母さんはちょっとおかしい」とか「夜中に起きて、パンを焼いて食べていて怖い」などと言うようになった。義父は耳が不自由だったので筆談で「それは大変ですね」とか「お腹空いちゃったのかな」などと返事をしていたのだが、思えばその頃から義母の認知症は少しずつ進行していたのだと思う。
2023年の初冬、義父は入院中に亡くなり、義母は1人で生活出来なくなっていたのでその病院に併設している老人施設に入っていた。
葬儀のために迎えに行った時、とても心細そうな顔をしていたが、義父が亡くなったことを理解しているのかしていないのか良くわからなかった。葬儀中も身内には常にイライラしているように見えたが、弔問客の前では作り笑顔で過ごしていた。
精進落としの席で弔問客の中の1人が「お嫁さんは歌手なのよね?」と義母に尋ね、「何か一曲聴きたいわ」と言われた。
思い返してみれば嫁入りしてから今まで義両親の前できちんと歌った姿を見せたことがなかったなと思い、ここは私の歌で場が和むならばと「からたちの花」をアカペラで歌った。義父の遺影の前で歌っていることが何だか不思議な気持ちだったが、義母の心からの笑顔を見てこのような機会を得られて良かったとも思った。
その後義母は私たちの自宅から徒歩5分の認知症の人ばかりのグループホームに入居した。時間を見つけては夫が面会に行くのだが、塞ぎ込んでいたり、ご飯を食べていないと言ったり、怒りっぽくなったりと認知症の人によく顕れる言動が多く見られた。

私が面会に行くとよく少女時代の話になった。お兄さんにいじめられたとか川辺で一緒に遊んだとか今となってはどこまで本当でどこまで妄想かはわからないような話が続く。義母にとって私は身内と他人の間のような存在で、イライラしないようにしなければと思いつつ一生懸命話をしてくれていたように思う。
そのような日が半年以上続いたが、ある時精神科で薬を処方してもらい服用することになった。すると次第に心穏やかに過ごす日が多くなり、グループホーム内でも個室に籠りがちだったのが、リビングやダイニングに出てきて入居者さん達と過ごすことが出来るようになった。夫が面会に行った時も「今はお友達とお話しているから〜♪」と楽しそうにして相手にされなかったという。
ある日犬を連れて一緒に散歩に出掛けると「♫フンフンフン♫」と鼻歌を歌いながら歩いている。
しかめっ面が多かった義母が口元を緩めて歌っているのだ。
それ以来面会に行くと歌本を見ながら歌っていることが多くなった。お友達と一緒の時もあれば1人で歌っている時もある。私たちは義母がこんなに歌うことが好きだったのかと驚くと共に心の底から喜んだ。
一つ悔やまれるのはもっと早く合う薬を処方されていたら、義父も今の義母の朗らかに歌う姿を見ることが出来たのにということだ。
歌うことは決して特別なことではないけれど、今日も義母は優しく微笑みながら心穏やかに歌っているだろう。
これから先も歌うことで寄り添えることができれば私にとっても本望だ。
written by O.K
No.6『合唱との出会い』
2025
3/18
このコラムを読んでくださっている皆さんの中には、合唱愛好家の方も多いのではないでしょうか。
合唱を始めるきっかけは人それぞれかと思いますが、皆さんはどんな形で合唱に出会いましたか?
私が通っていた小学校には、吹奏楽や合唱といった音楽系のクラブがありませんでした。恥ずかしながら私は、世の中の小学校に吹奏楽部や合唱部といった活動があることさえ知らずにいたのです。
そんな私が中学校に入学し、縁もゆかりもなかった合唱部に入ったきっかけは、部活勧誘の先輩の一言。
「合唱部に入ってコンクールに出ると、テレビに映るよ」
テレビという言葉につられ、ハイハイやりますと軽いノリで入部してしまったのです。
合唱というものが何なのかさえ理解していない私は、知らないうちにアルトパートに配属され、パート練習に参加することに。

《天使と羊飼い》なる聞いたこともない曲…
「コダーイ作曲」 誰…?
「Gloria in excelsis Deo」 何語…?
そしてメロディーではなさそうな謎の音…
自分が何をやっているのかさっぱり分からない、やっぱり入る部活を間違えたか…と思いながらそのまま全体練習に突入。
もちろん私はちっとも歌えずにオロオロしているばかり。
しかし先輩たちの歌声がハーモニーを生み出し、一つの曲を作り上げていく様子に、「人の声でこんなことができるんだ…」と驚き感動し、一気に合唱の虜になったのです。
発声や音程を正しく取ることなど、なかなかついていけませんでしたが、ハーモニーの一員になっていることを実感できるのが楽しく、合唱が中学校生活の一番の喜びとなっていったのでした。
私の合唱との出会いは「テレビに映れる」という邪な気持ちからでしたが、合唱部に入らなければ、その後声楽家を志すこともなく、東京合唱協会のメンバーとしてたくさんの子供たちに歌声を届けるという素晴らしい経験を重ねることもできなかったでしょう。
「テレビに映るよ」と誘ってくれた先輩の顔も名前も今は思い出せないのですが、人生何がきっかけになるか分からないですね。
余談ですが…
その年のNHK全国学校音楽コンクールの地区大会に出場しましたが、私の学校は銀賞に終わり、その先の大会への出場は叶いませんでした。最後のコンクールだった3年生にとっては残念な結果だったでしょう。しかし私は「初めて人前で演奏を披露した」という満足感でいっぱいでした。
そして合唱部に入部するきっかけともなり、ずっと楽しみにしていたテレビ放送の日を迎えました。が、私の立ち位置が一番端だったせいか、チラッと映る程度でなんだかモヤモヤした気持ちに…。
「来年は立ち位置をもうちょっと真ん中寄りにしてもらおう」などと2年生のコンクールに向けて画策していたのですが、そんな私の計画もむなしく、翌年から地区大会の様子は、ラジオ放送のみになったのでした。
Written by N.Y
No.5 『タイムスリップ』
2025
3/1
♪さよなら ぼくたちのほいくえん〜♪
お風呂に入りながら娘が突然口ずさみだした【さよならぼくたちのほいくえん】
今月迎える卒園式のために練習を頑張っている歌でした。

この歌を聴き、月日が経つ早さに驚きつつお友達とのお別れが少しずつと近づいてきていることへの寂しさを感じながらも、私自身の卒業式の事をふと思い出していました。
昔良く歌っていた曲を久しぶりに聴いたりすると、当時の想い出がふと蘇ることってありませんか?懐かしく、まるでタイムスリップしたかのような臨場感のある不思議な感覚。
音楽が持つ素敵な力の一つですよね。
楽しい思い出、辛い思い出、蘇る思い出はその曲によって様々なのですが、私はあの感覚が好きです。みなさんはいかがですか?
きっと今頃は卒園式や卒業式などに向けて練習を頑張っている方が多いですよね。
今回は私の大好きな卒業式ソングを紹介させてくだい。と言ってもご存知の方も沢山いるに違いない卒業式の定番中の定番曲、【旅立ちの日に】。
この曲は埼玉県秩父市立影森中学校の当時の校長先生が作詞をし、当時の音楽の先生が作曲したということでも有名な曲ですよね。そして東京合唱協会でも何十回、いえ、何百回と歌われてきている曲でもあります。何度も何度も歌っているのだけれど、飽きることがありません。全くと言っていいほどに...
「この曲を歌います」とMCが流れた時の子供達の喜びの声、聴いてくれている子供達のキラキラな目が毎回といっていいほど、私にパワーをくれるのです。
きっとこの曲を聴いて素敵な思い出にタイムスリップしてしまう方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そして東京合唱協会での演奏がそんなタイムスリップのきっかけになれれば嬉しいなぁと密かに願わずにはいられない私でした。
Written by I.E
No.4 『望みは高く!』
2025
2/16
2月の初めに木下牧子さんの作曲による、新作オペラ『陰陽師』を鑑賞した。我らが《東京合唱協会》のピアニスト松本康子さんがコレペティトール(稽古ピアニスト)として関わっておりお誘いいただいた。
原作・夢枕獏さんの本は20年以上前に読んだし、今でも私の本棚にある。
20年くらい前に野村萬斎さんが主役「安倍晴明」を演じ映画にもなった。CGを多用しファンタジーでかなりスペクタクルだったのを今でも思い出す。
そんな記憶を手繰りながら果たして舞台で、しかもオペラで『陰陽師』?!どうやるの?!と疑問いっぱいで会場に向かった。
開演20分前頃、指揮者の真後ろの席に着席し、プログラムを見ながら幕が開くのを待った。それによると《東京室内歌劇場》の代表理事からの熱心なオファーで木下牧子さんに書き下ろしてもらったオペラらしい。

指揮者が登場し、静かに弦楽器の方々から音が始まった。すると不思議なことにまるで雅楽の笙のような音が!!続いてフルートのソロなのだが、これがまた雅楽の龍笛のような音がするのだ。西洋の楽器のはずなのに自然に無理無く和の音楽になっている。と思ったら普通に西洋のオーケストレーションで本来の音に戻ったりと縦横無尽に音が和と洋を行き来する。
これまた静かに幕が上がると平安時代の貴族の衣を纏った藤原博雅が後向きで笛を吹いている。舞台の上方には薄い羽衣のような布が4枚かかっていて雅さを増す。
やがて博雅が歌い出すのだが日本語がものすごく聞こえやすい。ストレスなく普通にすーっと耳に入って脳に到達する。その分音楽にも集中できる。
イタリア人やドイツ人が母国語のオペラを鑑賞したらこの感覚なのだろうなとしみじみ思った。
また1幕終盤では《東京合唱協会》のバスパートリーダーでもある栗原剛氏が「首無し夫婦」の夫役を大熱演していた。割とおどろおどろしいストーリーの中ではコミカルな場面で、観客席では笑い声が溢れていた。私も指揮者の真後ろで爆笑してしまった。
コロスの1人、鷹野景輔氏も《東京合唱協会》のルーキーテノールで、ある時は式神の分身、ある時は鬼、ある時は黒子など八面六臂の大活躍だった。はっきり言ってコーラスの音取りは難しそう…と歌い手として冷静になってしまう瞬間もあった。
派手なセットは無いのだけれど、これはもう大成功の予感しかないと思い、その後はあっという間の2時間半だった。
帰途につきながら、いつか《東京合唱協会》のためのオペラが出来ると良いのにな、と思わずにはいられなかった。
それには先ずは題材探し…さてせっせと読書に励むとしますか。
Written by O.K
No.3『睦月に思う…』
2025
1/31
1月は私の誕生日月です。
2025年がスタートし、気持ち新たによーし!始動だ!と思う月でもあります。
突然ですが、私の誕生日は作曲家 三善晃氏と同じ日です。
三善晃と言えば、たくさんの合唱曲がありますが、小学生の頃、まだ三善晃という人もどんな人なのかわからない頃でしたが、印象に残っている曲があります。
「わりばしいっぽん」という曲です。
この曲は第51回NHK全国学校音楽コンクール 小学校の部の課題曲でした。 作詞は蓬莱 泰三 作曲が三善 晃です。
当時はコンクールに向けて、必死に取り組んでいた曲で、今思うと、リズムが難しく、楽譜には三善アクセントというものが多数散りばめられ、難しい曲を小学生がよう歌っていたなぁと今しみじみ感じております。
必死にその曲を理解し、表現することの面白さを知り、合唱が大好きになりました。
そして、その年のNHK全国学校音楽コンクールでは北海道代表となり、全国大会に出場したのでした。
今となっては、これが私の原点といっても過言ではありません。
月日は流れ、合唱を通して音楽を学び、今歌い手として活動しているわけですが、日本歌曲のコンサートで三善晃作品を集めてコンサートが企画されました。
私は三つの沿海の歌より「波止場の烟」「寄生蟹のうた」「沿海地方」を歌いました。
会場には三善晃さんご本人がご来場くださいまして、緊張もしましたが、作曲家の前で演奏できることは嬉しくもあり、いい経験となりました。
演奏会終演後、お会いは出来なかったんですが、改めてお手紙を頂戴しまして、私の演奏の評価と少しだけのお褒めのお言葉をいただいたのを覚えています。財産にもなっていますし、これからの励みにもなりました。

同じ誕生日ということで、ご縁があるのかなぁとふと誕生日月に思ったのでした。
写真は松戸市から誕生日に見えた富士山です。
今年もいい年になりますように…
Written by S.M
No.2『みんなちがって、みんないい!?』
2025
1/17
前回のコラムでも話題に上っていましたね、ベートーヴェンの【交響曲第九番 ニ短調 作品125】、通称【第九】。
1824年に完成し、昨年2024年にちょうど初演から200年を迎えたこの曲。
今や時を越え海を越え人種を越え、こんな小さな島国での年末コンサートの代名詞となるほど色々なホールで歌われるようになりました。
長年合唱の世界に身を置かせてもらっていますが、毎年必ず歌う歌!って、この曲以外他にあるかなぁと…佐藤眞作曲の【大地讃頌】くらいかなぁ…。

当たり前ですがこの【第九】、毎年演奏するオーケストラも違えばご一緒する合唱団体も異なります。それは舞台上の魔法使い、指揮者(マエストロ)も然り。
第一、第二楽章は主にベートーヴェンのこの曲への心の苦悩を描かれてると言われています。
「こんな音楽、世界観ではない!」的な感じ。
だからおんなじメロディが幾度となくループし、それはそれは気持ち良い夢の世界…いやいや!ご一緒させていただいた某指揮者、本当にこの魅惑の二楽章の構成が楽しくてしょうがなかったんです!
(※睡魔がきたから良し悪しという話でもありませんので、悪しからず!)
音楽によって気持ちを自在に操られてしまっている様な感覚、そんな空間でした。
かと思えば違う某指揮者の第三楽章《平穏・平和》をテーマにした部分では、また違う心地いい音、はっきりとした説得力…。
指揮者の曲への想いの違いはそれぞれあれど、そこにはまた個々の考え抜かれた旨味があるんだなぁと体感した本番の数々でした。
だから俗にいう第九マニアって毎年色んな第九の公演に乗られるんでしょうね…みんなちがってみんないいベートーヴェンの第九、皆さんも今度チラッと歌ってみませんか!?
【余談コラム】
我々の仲間には今年マチネ(昼公演)とソワレ(夜公演)の第九2公演に出演!という強者もいました、両公演とも第一楽章入り…第四楽章の合唱が出る歌い出しまで、約1時間舞台に座りっぱなしという…。しかも何より難儀なのは、指揮者がそれぞれ違うので曲へのアプローチもそれぞれ歌い分けなければならないという事。
(※簡単に言えば、Gott 神という単語の語尾をその小節内で切るか、次の小節の頭切りにするかなど)
みんなちがってみんないいけど…歌い切った皆さまを心から尊敬します!!(としか言えない…汗)
Written by S.I
No.1『今、聴きたい歌。そして転調の魅力』
2025
1/3
明けましておめでとうございます。
2025年も東京合唱協会をどうぞよろしくお願い申し上げます。

新年より、こちらの公式ホームページにて団員によるコラムを掲載することになりました。
コラムと言っても何気ないつぶやきのような記事で、月に2本ずつを目標に。
その回によって執筆担当者が違いますので、個性の垣間見える記事になると思います。
良かったらおつきあい下さいませ。
さて…遡ること年末、街の至る所で流れるベートーヴェンの『第九』を耳にし、条件反射的に「もう年の瀬!」とソワソワしてしまう方も多かったのではないでしょうか?
特に第4楽章の合唱の盛り上がりは、聴いてるだけでも「今年一年お疲れ様!」という “やりきった感” を味わえます。
まさに年末に相応しい一曲。
この時期にはこの歌でしょ!と確立されている『第九』は、やはり素晴らしい作品ですね。
そして年が明け、2025年。
皆さんは、新年だからこそ聴きたい歌、合唱曲はありますか?
新しい一年に向けて心機一転の気持ちで踏み出したかったり、受験シーズンでもあるので、応援ソングが似合う時期かもしれません。
J-POPなら、YOASOBIの『群青』、嵐の『サクラ咲ケ』、緑黄色社会の『Mela!』、アンジェラ・アキの『手紙~拝啓、十五の君へ~』などなど…。
あ!これはあくまで私の個人的な好みです。
どの歌も不安な心に寄り添ってくれるだけでなく、軽快なテンポで爽快感もあり、気持ちを盛り上げてくれます。
もちろん!いずれも合唱バージョンに編曲されています♪
純粋な合唱曲での応援ソングだと、私のオススメは、谷川俊太郎作詩・高嶋みどり作曲『未来』。
1991年 全日本合唱コンクールの課題曲にもなりました。
希望あふれる未来を想像し、自分自身が壮大な歴史の一部分だとうたう、清々しさに満ちた歌です。
音楽的な面では「転調(曲中で全く違う調性に変更すること)」が、この曲の大きな魅力のひとつでしょう。
次々と転調を重ね進んで行くメロディは、そのたびに新しい景色を映し出していくようで、人生の転換期や人間としての成長過程をも想像でき、自然と前向きな気持ちにさせられるのです。
「転調」の効果って、すごい!!
学生さんも、大人の皆さんも、たくさんの歌に元気と癒やしをもらいつつ、2025年を有意義に過ごして下さい!
Written by N.K